「プッチ柄。。。」

「プッチ柄。。。」

プッチの売り場には、毎シーズン一度は行きます。
(よく売り場で、ポケットチーフのやり方などを教えていただいております。)

初めて見て、「なんだ、この奇妙な柄は?」という疑問しか残らなかったのですが、
たまたま見た本の中にこのブランドの解説がしてあり、エミリオプッチの歴史や創設などの事が書いてあり、感心し、洋書を購入し、売り場で知識をもって見に行きました。

見方が変わったせいか、「なるほど〜〜!」という感動に変わり技術や、細部に渡る仕上げをよく見ました。

このネクタイとポケットチーフは、プッチのデッドストック?に近い在庫の生地を揃いにしたもので、過去のテキスタイルらしいのですが、いかにもプッチらしくて好きです。

考えてみたら、いわゆるスーパーブランドって、このエミリオプッチくらいしか持ってないかもな〜?!
プライスもエルメスの半額くらいのネクタイです。




「Nikeとの出会い」

「Nikeとの出会い」

Nikeを初めて知ったのは、中2の時に初期のポパイのジョギング特集でした。

それを読んで、海を渡って北九州小倉北区までジョギングシューズを探しに行きました。
結果、買ったのは、ニューバランスのジョギングシューズでしたが。。。

何日も探しました後に買ったその日に、箱もとって置いて、下げ札を丁寧にはずし、ファイルしてスニーカーを抱いて寝た覚えがあります。


これはNikeがアパレルラインを出しはじめた時11年前あたりのウィンドブレイカーですが、やはりすごい!

この時Nikeは、このアパレルラインの中で、ほぼ全部の商品をポケッタブルで展開していました。


この袋をひっくり返すと最初の写真のウインドブレイカーになる。。。

また、このポケッタブルの構造が単にアイデア商品的なものではなく、細部までこだわっていました。
実際に、フルマラソンの大会に持って行っても便利です。

アイレット、アジャスター、スピンドル、テープなど細部のまとめも、11年前のものと思われないくらい、
今見ても感心されます。


服飾デザイナーの仕事は感性が重用しされる事が多いですが、実際には、こういう情報収集の上になりたっている事が多いように思います。


「肉吸い?!」

「肉吸い?!」

福岡で、お昼に「わっぱ食堂」に行きました。


唐揚げ定食を注文したのですが、定食を注文すると、「肉吸い」が付いておりました。「肉吸い」はテレビで見て知っていたのですが、食べるのは初めてです。


見たテレビによると、「肉吸い」は、大阪の千日前の老舗うどんちとせのメニューで肉うどんのうどん抜きだそうです。

そういえば「肉吸いを食べた芸人は売れる」という都市伝説があるらしいです。

「ご飯にあう味で、美味しかったな〜!」

「ゴッホ展 Van Gogh」こうして私はゴッホになった

下関から福岡に行く道中のラジオで聞いた話なのですが。。。

『ゴッホの耳切事件は、医学的にみると、あきらかに自分で耳を切ったのではない』という。
また、『ゴッホは、ピストル自殺をするが、彼が自殺をするには難しい銃身だった』という。

『ゴッホの耳きり事件では、ゴーギャンが傍らにおり、(当時、ゴッホは、画家ゴーギャンと一緒に暮らしていた。)ピストル自殺の時には、弟のテオがそばにいたのではないか?(弟のテオが一枚の絵も売れない兄の生活費を援助していた。)』

『ひょっとしたら、この傍らの人物が犯人ではないか?』


2月13日まで、九州国立博物館で「ゴッホ展」が開催されております。

東京出張の合間にみたのですが、「また見たいな〜!」と思いました。

「あの頃何を考えていたのだろう?!」

「あの頃何を考えていたのだろう?!」

彼が去った後に思い出したのですが。。。

彼と初めて、コラボでやったイベントで、
大駱駝艦のダンサーの男女に金粉銀粉ショーをやっていただきました!?

きっかけは、昔、大駱駝艦で、キャバレーまわりをやっていてそこで金粉銀粉ショーをやっていたと聞いて
それで、
1995年5月20日(土曜日)〜6月14日(水曜日)
主催:フジタヴァンテ「ULTRA VIOLET RAYS」〜50体のシェルタースーツ

の時にオープニングレセプションで、彼にプロデュース依頼しました。



「マーちゃん、俺達、もう終わっちまったのかな」


「バカヤロウ、まだ始まってねぇよ」


という北野武監督「キッズリターン」のラストのセリフ
を言って彼は山口県を後にしました。